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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)58号 判決 1977年1月27日

控訴人 佐藤玄琢

被控訴人 環境庁長官 ほか三名

訴訟代理人 成田信子 川満敏一ほか五名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」旨の判決を求め、被控訴人ら指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人訴訟代理人の陳述)

ヘドロ公害は長年に亘つて国民の健康を害するおそれがあるにかかわらず、現行のヘドロの処理基準は不完全で、経済性を欠き、実験室以外に基準どおりの実施を期待することができない状態にあるのであるから、より優れたヘドロの処理方法があるときは、被控訴人らは速かにこれを検討し、その採用に踏み切るのが当然であり、憲法第二五条の趣旨を実現するために制定された公害対策基本法その他の法令は、右の検討を被控訴人らに義務付けたものと解すべきであり、その反面において、控訴人には、被控訴人らに対し本件装置につき調査、試験を行うことを求める申請権があるものといわなければならない。

理由

控訴人の本訴請求は、要するに、国は公害の防止に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有し、その一環として、国の関係行政庁は、公害防止のため必要かつ適切な措置を講ずべき法的義務を負い、他方国民はこのような措置を要求する権利を有するものと解すべきところ、有力な公害発生源である水底に堆積する有毒汚泥の除去、処理に関して現行行政法令の定めるところは極めて不完全で、かつ、不当に限定的であるから、被控訴人ら関係行政庁は、更に他に有効、適切な対抗手段が存するかどうかを検討すべき義務を有するものというべく、控訴人の発明した「マイクロ波ヘドロ熱重合装置」は、右有毒汚泥の一種であるヘドロの合理的処理方法として有効、適切なものであるから、被控訴人らは、これを国の行政措置上採用するかどうかを決定する前提として、少なくともこれについて本訴請求の趣旨記載の調査及び試験をすべき義務がある、よつてその確認を求める、というにある。

そこで考えるのに、右訴は、行政事件訴訟法に定める抗告訴訟として、行政庁に対し、一定の処分をするべき義務が存することの確認を求めるものと解されるところ、同法上このような義務確認訴訟が抗告訴訟として認められるかどうか、いかなる場合にそれが認められるかについては議論の存するところであるが、仮にこれを肯定すべき場合が存しうるとしても、少なくとも、原則としては、法令上又はその解釈上、行政庁が特定個人に対する関係においてその者の利益のために一定の処分をするべき義務が一義的に定められていることが、これを認めるための前提要件をなすものであると解される。しかるに、本件においては、現行法令上、右のように、被控訴人らが、控訴人に対する関係において、控訴人の利益のためにその請求するような行政上の行為をすべきことを義務づけられていると解すべき根拠は、どこにも見当たらない。

なるほど、控訴人の援用する公害対策基本法四条、一四条、一五条、海洋汚染防止法五一条、廃棄物の処理及び清掃に関する法律四条三項等は、国が広く公害の防止に関する施策を策定し、これを実施する責務を有し、その一環として、政府がかかる施策の策定に必要な調査を実施し、公害の防止に資する科学技術の振興を図るため必要な措置を講じなければならないものとし、あるいはまた、廃棄物の処理、とりわけ廃棄物の排出等による海洋の汚染の防止に関し、国が技術開発、研究及び調査を推進することに努めなければならないことを定めている。しかしながら、これらの法律規定は、果して国ないしは政府の法律上の義務を定めたものであるかどうか疑問であるのみならず、仮に右の責務や義務なるものが法律上の義務であることを認めうるとしても、それはあくまでも国民全体に対する一般的、抽象的なそれであつて、法令が一定の要件を定め、具体的にその要件を充足する特定の個人に対し、その者の利益のために一定の処分をするべき具体的義務を行政庁に課している場合とは、全くその性格を異にするのである。抗告訴訟としての義務確認訴訟の対象となりうる行政庁の処分は、後者のような法令上の具体的作為義務としてのそれに限られることは前記のとおりであり、前者のような国民に対する一般的義務のごときものは、仮にこれに対応する国民各個の権利を想定しうるとしても、それは国民が単に国民たるの資格において有する権利にすぎないものであつて、行政訴訟によつてこのような権利の実現を求めうるのは、行政事件訴訟法にいわゆる民衆訴訟の一種として法令上これを認める特段の規定が存する場合に限られるのである(本件の場合にこのような特別の規定がないことは、控訴人も認めるところである。)。これを控訴人の本訴請求についていえば、控訴人の発明した「マイクロ波ヘドロ熱重合装置」なるものが、仮に控訴人のいうようにヘドロの合理的処理方法として有効、適切なものであり、したがつて、公害防止のために必要な調査や適切な措置を講ずべき義務を負う政府機関において、これにつき控訴人が求めるような調査及び試験をすることが前記法律の諸規定の要求するところであると解しうるとしても、これはあくまでも、右に述べたように、国民一般に対する義務としてのそれであつて、控訴人個人に対する関係において、その利益のためにすべき作為義務として課せられたものということはできないのである。そうであるとすれば、控訴人の援用する法律規定を根拠としては、その請求にかかる被控訴人らの作為義務を、抗告訴訟としての義務確認訴訟の対象たる適格を有する行政庁の作為義務として認めることはできないというほかはなく、他にこれを肯認させるに足る法令上の根拠は、どこにも存在しない。

右の次第で、本件訴は現行法上許容されていない不適法な訴であるから、これを却下すべきものとした原判決は、その結論において正当であり、控訴人の控訴はいずれも理由がなく、棄却されるべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

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